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「東京画」 [映画]

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〔1985年/ドイツ〕


小津安二郎こそ、自分が最も敬愛する映画監督だと言う、
ドイツ人映画監督・ヴィム・ヴェンダース。


そんなヴェンダース監督が、
小津監督の描いた東京を求めて来日、
各所でカメラを回す。


しかし小津映画の中の東京の面影は、
1985年の東京には、もはや無いと言っていい。
パチンコ屋、ゴルフ練習場、東京タワー、
原宿で踊る竹の子族。
ディズニーランドにも行きかけるが、
途中で引き返す。


小津監督の墓がある、北鎌倉へも行く。


それから、小津映画になくてはならない俳優・笠智衆との
対面を果たし、インタビュー。


撮影監督の厚田雄春にも会い、
小津のこだわりを聞く・・・。





外国の方が、日本を好きだと言ってくれると、
とても嬉しい気持ちになるものだけれど、
このヴィム・ヴェンダース監督の、
小津安二郎監督への強い思いは、
最初のナレーションの時から、
こちらが恐縮してしまうくらい、伝わってくる。


映画の最初と最後に、
「東京物語」の場面が使われているくらい、
小津監督への思いは真剣だ。


ただ、せっかく日本に来てくれたのに、
ヴェンダース監督が期待するような絵が、
きっと撮れなかったのではないかと思うと、
別に私のせいではないのに、
なんだか申し訳ないような気持ち。


言い訳させてもらえるなら、無理もない事だとも思う。
小津監督の最後の映画、「秋刀魚の味」だって、
公開されたのは1962年。
62年と85年って、
変化の目まぐるしい東京の街には、
長すぎる差だと思う。


ただ映像は、歓楽街や遊技場やメインストリートが多いという
気もした。
東京だって、小さな駅を降りて少し入れば、
普通に住宅街があって、
小津映画とまではいかないけれど、
普通に人々の生活があるのに。


笠智衆さんのインタビューは、
とても貴重。


もしかしたら私は、
笠さんの素の喋りを見たのは初めてかも、と思う。
映画では何度もお目にかかってはいるけれど、
自分の言葉でお話しされているの姿は、
なんだかとても珍しくて、嬉しい。


撮影監督をされた、厚田雄春さんのお話しは、
小津監督のお人柄が偲ばれる、
これも貴重な映像だ。


小津監督は、カメラを固定したら、
それを絶対に触らせないような、
とても拘りが強い面があったようだ。


厳しい方だったのでしょうね。
笠さんも、何度もNGを出されたと言っておられる。


ドキュメンタリーとして、
そう凄いものとは、私には思えなかったけれど、
笠さんと厚田さんのお話しが聞けただけでも、
私には貴重な記録だった。


評価 ★★★☆☆

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